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神と遊ぶ

もうずいぶん昔に書き留めたメモですが・・・

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 わが家の娘がまだ幼い頃「パパー あしょぼ」をよく口にするようになって、期待に満ちた親しみある笑顔で見上げて「パパあそぼ」と言わせるものは何なんだろう、この感覚はどこから来るんだろうなどと、考えているうちにどういう分けか、「神と遊ぶ」という考えが浮かんできた。

「神と一緒に遊ぶ」という考えはあまりに不敬な考えだろうか。
 子が父のふところで遊ぶ、そして遊び疲れて母のふところで寝息を立てる。このほほえましく穏やかな光景を考えると父と遊ぶという感覚は、創造者である神が人をそのように設計されたことに由来するに間違いない。

さて,そうやって考えてみると今度は、神は人と遊ぼうとされるのだろうかという考えが浮かんできた。
例えば、創世記2:19には「神は、ご自分の造られた動物を,アダムがそれを何と呼ぶかを見るためにアダムの所に連れて来られるようになった」。という記述がある。

この、人が、神の創造物の名付け親になる、というのは、決して、「ポチ」とか「タマ」という名付けの事ではない。アダムは動物に「固有名詞」ではなく「普通名詞」を付けた。
つまり、その呼び名が、日本語で言えば「犬」とか「猫」というように、ヘブライ語の動物の普通名詞になったのである。

 アダムがそれらすべての動物に適切な名前を付けるためには相当な期間、観察したり、世話をしたり、一緒に遊んだりしたであろうと推察される。
 では これは、アダムに与えられた、成すべき務め、勤労だったのだろうか。
 アダムの「仕事」ということであればすでに2:15で「エデンの園に住ませ、耕させ、世話をさせた」とあるので、神が造られた動物に「名前を付ける」というのは、神とアダムとの楽しいコミュニケーションだったに違いない。
 つまり神と人との「遊び」の範疇に入ることではなかったかと思う。

 神はご自分が造られた実に様々な動物を「ほら,こんなのもいるんだよ」という感じで一匹づつアダムのところに連れてきては,彼が感心したり,驚いたり,遊んだり,ふざけたりしているのをご覧になって,人とのコミュニケーションに「楽しみ」を感じられたに違いない。
 確かに創造物の中には子猫がじゃれ合ったりしている時のようなこっけいなしぐさや、見ているだけで面白いユーモアにあふれたものがあることを考えると,確かに神は生命維持のための生活必需品だけでなく、楽しませる要素、いわば子供にとっての「おもちゃ」のようなものも備えておられると考えて良いように思える。

 言い換えれば神は人間と共に、もっぱら「楽しむ」と言う目的のために、つまり、人が神と遊ぶためのものも造られたと言えるのではないか。
 そういう観点から見れば例えば,創造物を堪能する、例えば、森を歩いてバードウォッチングを楽しむ,山に登って大声を上げて山彦を聞くということなども,(「ヤッホー」(神の固有のみ名?)ともかく、言ってみれば、「神と遊ぶ」という表現こそが一番ぴったり来るように思う。

「きずな」とは,どんな時に築かれるだろうか。
子は親とのきずなを毎日の生活の中で,慈しみ、愛され、教え、教わり、そして人は同じ目的をもって共に働くとき,きずなを強めることは確かだが,さらには,「一緒に遊ぶ」とき,また違った形で親密なきずなを培うのではないだろうか。

 そういうわけで、我が家ではリクレーションの日を「今日は神と遊ぶ日」と呼んでいるのである。


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子供にとって、親は、特に父親は、時に怖い存在に違いない。ある程度の年になれば、自分が全面的に養われていることも知るようになる。困ったときには何より心強い、人生の先輩であり、頼りがいのある指導者であり、保護者でもあります。
それらを十分知った上で、幾つになってもやはり、子供は父と「遊ぶ」という感覚を忘れないのは、人間が「神の像に造られている」からに違いありません。

つまり、神は「父親」であるとともに、時に、「お父さん」もしくは「父ちゃん」でもあるのです。

「あなたがたは、…神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。」(ローマ8:15;新共同訳)

「アッバ」というのは、言わば「父」の幼児語のようなニュアンスで、「おとうちゃん」という言う意味です。

神に対する畏敬の念を抱いている方々、クリスチャンのみなさん!
時には,みんなで一緒に、アッバ 神と遊ぼっ!

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